1987年の夏。バイク20数台で富士五湖一周のツーリングの帰り道での事。西湘バイパスを小田原から乗って大磯で降り、湘南を抜けて第三京浜で東京へというルートになっていた。20台以上が好き勝手に走っていると集団はバラバラになる、その為先頭グループは江の島の手前でもう閉店してる釣具屋の前でバイクを止めて後続グループを待っていた。

しかし最後尾の奴が現れてもKimのNSRだけが来ない。でも待つしかない(当時は誰も携帯なんか持ってないから)それでも全然来る気配無し。信号待ちの車に「バイクの事故見ませんでしたか?」と聞いたが見てないとの事。「やっぱバイクの事はバイク乗りに聞くのがいいんじゃないかな」という事になり次に来たバイクに聞く事に。「次に来るの暴走族だったりして」なんて笑いながら言ってると本当に来たよ暴走族が。でもKimの事が心配だから聞いてみたけど同じ答えが返ってくるだけ。

潮風で体はベトベトになるし時間ばかり過ぎていく、中には眠りに落ちる奴も出てきた。これ以上待っても仕方が無いので、意を決して第三京浜へ。玉川の料金所を出た時デーブが「俺Kimの家に電話してきます」と言って電話BOXへ。戻ってきて一言「家に居ました」道順が良く分かっていなかったKimは皆に追い付こうとして大磯でルートをショートカットして別の道で東京に向ったんだと。

“なんて人騒がせな奴なんだ”と皆怒り心頭に達し次の日から数日間入れ替わり立ち代りKimにブーブー文句をたれる日々が続いたのは当然の事だった。

そして数ヵ月後の事飯を食いに行こうとKimを誘い何台かでファミリーレストランへ向う。途中に道が左右に分かれるところに差し掛かった。ファミリーレストランは右の道の先にあるのに、何故かKimだけは左の道へ。俺はスピードアップして追いかけ間違いを知らせようとホーンを鳴らしパッシングした。ところあおられたと勘違いし逆にスピードを上げる様な奴だからな。

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