2002-4-7 『ブラック・ホーク・ダウン』 BLACK HAWK DOWN

「今度の休みに『ブラック・ホーク・ダウン』を見に行くつもりなんだ」と俺が言うと、 「やめた方がいいですよ」と友人が答える、 「何で?」 「ジェリー・ブラッカイマーだもん、『アルマゲドン』に『パールハーバー』ですよ」 「でも『ザ・ロック』と『クリムゾン・タイド』は面白かったじゃないか」 「あれは良かったですね」 「それにリドリー・スコットだぜ、『ブレード・ランナー』に『エイリアン』に『ブラック・レイン』だぞ」 「古過ぎですって」 「そうか。あっしまった!『GIジェーン』があったんだ」 ある日の社内の会話から。

こりゃ凄い!。リドリー・スコット、写実主義の本領発揮だよ。流石ジェリー・ブラッカイマー、金集めてきたな。圧倒的な臨場感で、次から次へと目に飛び込んで来る映像に釘付け、見終わった後はぐったりしちゃった。俺はヘリコプターが好きで、ヘリコプターの名前がタイトルに付いていて、監督はリドリー・スコットだからちょっとタフかな?位の思いで見に行ったんだ。でもこの映画に関しては、何と言えばいいのか、何を言えばいいのか、どう表現すればいいのか分からないよ。これがフィクションなら、オリジナルの脚本なら、超一級品であることは間違い無いけど、これはもう映画じゃない。まるで事件現場や災害現場からの生中継のよう、そしてコンバットゾーンからの生放送なんだ。

戦争に批判的な作品だという話は聞いていたけど、そんな風には全然思えなかった。そういう風に作るのだったらアメリカ側からの一方的な立場から描くのではなく、もっと公平な立場で作品を作り上げて欲しかった。

インド洋にサイの角のように突き出し『アフリカの角』と呼ばれる地域にあるソマリア国内のアイディード派が支援物資を略奪し敵対するグループへの武器とした、ジャーナリストやパキスタン人兵士を虐殺した事を受けてアメリカのエリート兵士団が送り込まれた。と、字幕スーパーで流れていたけど、『アフリカの角』と呼ばれる地域は民族的に複雑で宗教的にもイスラム教とキリスト教が混在しているんだ。そんな場所にイスラム教の国でおまけに反米の国が出来上がるとアメリカはインド洋から紅海、そしてその先にあるスエズ運河までの安全性が脅かされ国益も損なわれると判断して秘密裏に特殊部隊を送り込んだんだ。そのあたりをもっとはっきりと表現して欲しかったんだけどなぁ。

まして一介の民間人に過ぎない映画監督が戦争に否定的な作品を作って全世界にメッセージを送って戦争が無くなるほど世の中甘いもんじゃないでしょ。それはリドリー・スコットも分かっているはずと思いたい。なんかちょっとプチ怒りばかり書いてきたけど、世の中の事をあーだこーだと語るのがこのページの趣向じゃないので、一映画作品として見た事に対しての思いを今から書こうと思います。

戦闘シーンをメインに押し出し過ぎた為に、登場人物の描かれ方がかなり浅い感じがした。例えば新兵として配属されたトッド・ブラックバーン/オーランド・ブルームが入隊する時の、グライムズ/ユアン・マクレガーとの会話の内容が何を言っているのかよく分からないし、左腕を骨折し出撃できなくなった兵士や癲癇をおこした兵士についてもあまりにも唐突でドタバタ感は否めなかった。出撃直前に本国にいる妻に電話するシーンもあっさりとしていた、戦闘による何か結末があって、それの伏線なのかもしれないけど、みんな同じ髪型で同じ迷彩服を着てるもんだから、戦闘シーンになるとエヴァーズマン/ジョシュ・ハートネットとグライムズ以外は顔がはっきり映っていないと誰が誰なのか分からなかったよ。

戦場で傷ついた兵士たちを救出に行く勇気、絶体絶命の危機に陥りながらも「俺たちは生きて基地に帰るんだ」という意志の強さ、誰一人戦場に残すなという指示の元に吹き飛んだ戦友の手首を掴み取りマガジンポーチに入れるシーン、そして戦場から脱出する際のスリリングさはまさに自分がその場所にいるかと思える程見事に描かれていたと思う。しかし無事基地に戻って来たデルタ・フォースの隊員“フート”ギブソン/エリック・バナにエヴァーズマンが問い掛ける、「あなたは何故戦うのか?」 返ってきた答えは「友がそこで戦っているから、俺は戦いに戻るのだ」というもの。それは答えになってないだろう。何故戦いに戻るのかではなく、何故戦いをはじめるのかと、問い掛けたと俺は思ったけど。

その時パンフレットに書いてあったリドリー・スコットの言葉が思い浮かんだ、「これは観客に問い掛ける映画であって、答えを提供する作品ではない」その問いかけの答えが“フート”のセリフだと思う。俺はリドリー・スコットが観客として捉えているであろうキリスト教徒じゃないしアメリカ人でもないから納得出来ない答えだけどね。俺が求めた答えは数年後に誰かの作品で発表されるであろうアフガニスタンの戦いを描いた映画の中に有るのだろうか?きっと無いと思うけど。

予告編では本編では流れなかったボブ・ディランの『天国の扉』が使われていて、グライムズは死ぬんだと思わせるようなカットのつなぎになっていた、最近多いよね、予告編と本編が別物の事が。

グライムズが絶望的な状況下でコーヒーを炒れるシーンは、非日常的な場所にも日常があって絶望の中にも希望があることを表現したかったのかな?。それならもっと掘り下げて作った方が人間ドラマとしての側面に深みが出たと思う。そのグライムズが戦いの最中に何度か笑うシーンがあって、一服の清涼剤のつもりかもしれないけど、俺はあまりにも間抜け顔に見えてつられて笑ってしまった。すまん、ユアン・マクレガー。

今日は見終わった後すごく疲れた。ちょい具合も悪くなってしまったし、戦闘シーンだけで2時間は長すぎるよ。やっぱり映画は良くも悪くも夢物語的であったほうがいいな。今日はもう寝ます。

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