2002-10-28 『抹殺者』 THE BODY

いつも俺と一緒にいる映画好きの人がテーブルに置いた一枚のチラシ。それには『無言の最終兵器』のキャッチ・コピーが。そのキャッチ・コピーの隣には『元情報部員の神父は、20億の人の運命を・・・』と書かれてある。 元情報部員の神父? 20億の人の運命? 「なんだそりゃ?20億人って、人類は30億以上居るんだろう」 チラシの裏には『秘宝か!? 罠か!?』 「あー、何だ、何だ?」 『秘宝それはキリストの遺骨・・・』 「これってトンデモ映画?」 実は平日にしか使えないタダ券が有るらしい、そして偶然にも翌週に平日の有給を取っていたんだ。これって或る意味“サイン”かな。平日の映画館なんて随分久しぶりだ、行ってみてビックリ!。俺ら入れても10人居ないぞ。平日ってこんなものなの?

元情報部員のマット・グティエレス神父を演じるのは、意外と背が低いアントニオ・バンデラス。キリストと思われる遺骨を発見した考古学者シャロン・ゴールバン博士は、ちょっと見、八木アナに似てるオリビア・ウィリアムズが演じる。『シックス・センス』の時とは雰囲気が違うので気が付かなかったよ。

始まってからしばらく経っても期待してた荒唐無稽な展開には一向にならない。場面が転換する度にエルサレムの街をヘリコプターから俯瞰で撮ったカットが挿入され、アラビアチックな曲が流れるんだ。どうやらシリアス系の映画だったらしい。遺骨の埋葬方法、遺骨に付いてた傷、年代の決め手となるコインや壺。次から次へとキリストの遺骨としか思えない事実が出てくる辺りは、トンデモ映画では無く、かなり難解。キリスト教圏に住む人にとっては、常識的な事なのかな? 古い時代のキリスト教の埋葬方法をスクリーンの中で説明されても、すぐに理解できるほど詳しくは無いからね。

万が一キリストであるなら、キリスト教崩壊の危機になるとしてバチカンから送り込まれるマット・グティエレス神父(カトリック)。遺骨を外交カードとして利用しようとするイスラエル(ユダヤ教)の武官モシェ・コーエン/ジョン・シュラブネル。その遺骨を横取りし、同じく外交カードにしようとするパレスチナ人(イスラム教)のアブ・ユセフ/ムハマンド・バクリ。そして考古学的大発見として発表しようとするシャロン・ゴールバン博士(ユダヤ教)らの遺骨を巡る、三つ巴・四つ巴の描かれ方はそれなりにハラハラするけど政治色が強く出ていて、「これは、面白い」と、のめり込めるほどじゃなかった。

マット・グティエレス神父やピエール・ラヴィエル神父/デレク・ジャコビが宿泊してた施設は教会に付属してた建物なの?、それともイスラエル国内に於けるカトリック教関係者専門のホテルなのかな? そこの受付の男性、『スナッチ』にも出演してたジェイソン・フレミングが演じるウォルター・ウィンステッドって何者なの? やけに俗世間くさかったから、神父じゃないのは分かるけど、単なる小間使い? 修行僧? 映画に集中できないから、そんな事ばかり考えてた。

信仰を失い自殺してしまったピエール・ラヴィエル神父の事を思いながら、マット・グティエレス神父が自らの過去の思いを話すシーンはフラッシュバック風に、その当時の映像を使った方がもっと説得力がアップしたと思う。

遂に遺骨はキリスト以外考えられない結果が提出され、イスラエルとパレスチナの間での争奪が紛糾し始める頃、マット・グティエレス神父から与えられたデータによりウォルター・ウィンステッドが “遺骨はキリストでは無い”という事実を突き止め、マット・グティエレス神父と大声で話すカットも、字幕スーパーは二段になるくらい長いし、一気に畳み掛けるもんだから、何が何やら理解するより話が先に進み、「ちょっと待ってよ」という感じ。

遺骨争奪戦の銃撃戦は派手では無かったけど、俺は逆にリアル感を感じた。最近また多いんだよね銃弾の数や派手さを売りにする映画が。

墓を爆破する際に、崩れ落ちる瓦礫の中にダビデ王(?)が刻ませた墓碑が映り、『キリストと同じ奇跡』だとか『神のご加護を得る為に』みたいな事が(よく覚えてない)字幕には書かれていた。映画の冒頭で言われていた、神を表す“◎”マークが刻まれてた事に気付いたからキリストの遺骨じゃない事が分かったけど日本人には難しすぎるというか邦題の『抹殺者』というタイトルが全く意味をなさないのは、ちょっと酷すぎないかい。

この映画の設定では日本では当たらないと思う。何か大作と抱き合わせで買ったのかな? 何度か言ってるけどキリスト教圏では常識かもしれないキーワードが、俺らはそんな背景なんて無いからキーワードとして意味をなさないんだ。映画を見てて、「この映画、すごく面白そうなのに何で面白く無いんだろう。何でだ。何でだ。」何度も考えたよ。

イスラエルの秘密警察は、何故あれ程容易くユダヤ教徒を遺跡発掘現場へ進入させてしまったんだろう? 何の為の見張りだったの。上映中はあまりにも間抜けすぎるって思ったけど、あのシーンで墓から壺を奪わないと、イスラエルの武官モシェ・コーエンが仕掛けた、その壺の年代を特定させる為のトリックが成立しないんだよね。

ラストすぐ近くでマット・グティエレス神父がバチカンのペシ枢機卿/ジョン・ウッドに、“真の信仰に生きる”とバチカンと自らの立場に別れを告げた時にペシ枢機卿が流した涙の意味がよく分からない。ペシ枢機卿は初めから“キリストの遺骨では無い”と何度も言ってた事を考えると、もう千年以上も前にキリストの遺骨の事は片が付いていて、“上層部のみが知る秘密”になっていたのかなと深読みをしてしまった。その秘密を守るために命を賭け、真実を知ることなく去っていくマット・グティエレス神父に対する惜別の涙なのか、自らの愚かさなの涙だったのか、俺には分からなかった。

はっきりと描かれては無いけど、マット・グティエレス神父とイスラエルの考古学者のシャロン・ゴールバン博士はお互いの愛と信頼で結ばれたはず。ユダヤ教徒とカトリック教徒だぞ、どうすんのさ、これから先。それはまた難しい問題じゃないのかね。あっそうか、だから白人の俳優じゃなくラテン系のアントニオ・バンデラスが主演なのか。色々勘ぐってしまいました。

それにしてもよくイスラエルで、それもエルサレム市内で撮影出来たもんだ。それが一番感心した事だったりして・・・。

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