2002-3-17 『ハリー・ポッターと賢者の石』 Harry Potter AND THE PHILOSOPHE'S STONE

やっと見に行ったぞ、そこそこ面白かったぞ、けっこう長いぞ、なんだかテンポがゆっくりだぞ、そしてすごく暑かったぞ。最後のは映画館が満員で、おまけに気温が高くて初夏のような日だったから。ファンタジックな映画は嫌いな方じゃないからそこそこは見てるつもり、でも子供が主人公となると、この前見たのは何だったんだろう?全然思い出せないや。いくら大人も鑑賞に耐えうる作品だと聞いていても、大人はずるいからすぐ粗探しを始めてしまう。こうゆう映画を見る時は、無理は承知でも子供に戻ったつもりで見ないとね。

魔法がどうのとか言っても、基本は冒険映画だと思う。知らない世界へ飛び出し、仲間を得て数々のトラブルを乗り越えてゆき友情の絆を強める、そして新たな冒険が始まる。

主人公たちのキャラクターもいたって明解で、ハリーは恵まれない環境に育ちながらも、純粋な心を持つ少年。魔法使い一家に生まれたロンは、魔法は上手く使えないけど友情に厚い少年。普通の人間(マグル)の出身のハーマイオニーはガリ勉タイプなのに優しく傷つきやすい女の子。そして学校の先生達や町の風景等もなかなかの雰囲気を醸し出していたと思う。あれ位の年頃の子供たちは良くも悪くも好奇心旺盛なんだ。“駄目だと言われてもやりたい事はやりたいんだ。” 俺はそうだったからね。カエルチョコののシーンでロンが「これは何枚、あれは何枚持ってる」って話してるシーン、苦笑いしちゃった。今でもそうだから。

 

ここからは大人の俺です。

映画化する際に小説の内容をカットしたり編集したりせず忠実に撮影したらしいけど、そりゃ一寸強引で無茶だと思う。小説は読んでないから何とも言えないけど、心象シーンや風景を映したカットには説明的なナレーションが欲しかったな。それから小説を読む時の時間の流れは読者が作るもので、映画は作り手側から一方的に見せられる物、それを同次元にされても困るよね。

何故、叔父のダーズリーはあれ程までにハリーがホグワーツ魔法魔術学校に行く事を拒んだんだろう?ちょっと大げさに作り過ぎの気がした。ホグワーツ魔法魔術学校に入学してからのハリーはちょっとエコヒイキされ過ぎ。超一流の魔法使いを両親に持つハリーをクィディッチのシーカーに選出したからって最新鋭のホウキ”ニンバス2000”を買ってあげる事は無いでしょうよマクゴナガル副校長。賢者の石を造ったニコラス・フラメルの事を調べに行くのが分かっているかのように(誰からかは描かれてなかったけど)タイミング良く透明マントが送られてくる。ラストの逆転劇は余りにも露骨過ぎ、「最初からハリーが入寮してる”グリフィンドール”を勝たせるつもりだったのかな?」なんて思ったよ。普通あれだけあからさまだと”スリザリン”の寮長は怒るぞ。でもそれじゃ映画にならないからな。

そうそう、ハリーとロンとドラコの3人は規則を破った為とはいえ、入ってはいけない森の中に深夜、おまけにハリーとドラコは二人だけ(弱気な犬もいたけど)で行かされたんだろう?危ないじゃないか。

大男の化け物トロールや三つの頭を持つ犬フラッフィー等のクリーチャーは「ああCGだな」と思ったけど、クィディッチのゲームや魔法のチェスのシーンは余りにも見事で驚いた、全然CGを意識せずに見れたからね。魔法のチェスでハーマイオニーが何時も履いてる白いタイツを履いてなかったカットがあったけど、それって編集ミス?何気に気になりましたぜ。怪し過ぎのスネイプ先生はやっぱり悪人じゃなかったね、余りにも強調し過ぎだったもんな。

俺以外にも感じた人はいると思うけど、『スターウォーズ』のルークとハリーの設定が被って仕方なかった。お互い、両親の顔を知らなくて親戚の家で育ち、新しい世界で頭角を現して行く。魔法にもダークサイドがうんぬんというシーンを見た後は「もしかしてハリーの父親も・・・」なんて勝手に想像したりしたけど、取り越し苦労でした。

辛口な映画評もあるけど、俺はそれなりに楽しめたよ。魔法使いが主人公の映画だから何でも有りなのは当然の事、そんなに目くじら立てる事無いと思うけど。『007』に代表されるスパイ映画だって、言ってみりゃ何でも有りだからな。とりあえずパート2の『秘密の部屋』も見に行くと思う。役者や設定が変わらなければの話しだけどね。

今回この映画の字幕には監修が入っていて、大先生あんまり飛ばせなかったみたいだね。

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