2002-2-17 『地獄の黙示録・特別完全版』 Apocalypse Now REDUX

長い、長過ぎるぞ。3時間半はちょっと長過ぎる。野球の1ゲーム分と同じだからな。映像はすごく綺麗で、途中にダラけるようなシーンも無い、しかし密閉された空間の中では見てる方の集中力が持たないよ。コッポラはDVDという媒体を介して見る事を考えて50分以上の未公開映像を追加したらしいけど、全てが未公開ではなく、エレノア・コッポラの『ノーツ(撮影日記)』を映画化した『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』という作品の中にかなり使われているという話も聞く、でもそれは見てないから比較は出来なかったけどね。

オリジナル作品の公開当時も非常に話題になっていたけど、俺はカーツ大佐の作り上げた王国のカンボジア人が未開の野蛮な土民のように描かれていたのが気に食わなくて劇場に足を運んでないんだ。その後TVで放映されたのを何度か見ただけで、レンタルビデオでさえ見てないから“オリジナルの完全版?”といのも見ていないのかもしれない。難解なイメージと哲学的なメッセージが込められた映画だとは思うけど、俺は“河を登って旅をする映画”という記憶のほうが強かったんだ。

“特別完全版”で再上映されると知った時に、大人になった自分がどれだけ変わって、どれだけ理解出来るだろうと思って見に行ったんだ。軍上層部の国に対する欺瞞や理不尽な指令と無秩序に絡め取られた兵士達、カーツの真に軍を愛する姿なんかはそりゃ理解できるけど根本的に「やっぱり分からない物は分からない」「気に入らない所は気に入らない」と再認識したよ。どうもコッポラとは波長が合わないようだ。まともに見たのは『ジャック』だけの気がするし。

今回初めて劇場で見て気付いた事が幾つかあったんだ。1つ目は「いつも何かしらの音が鳴っていて結構うるさい映画なんだ」という事。二つ目は霧を意識させる煙が多用されていた事。フランス人農園のシーンでは効果的に使われていたけど、何度も使われると「またかよ」という気になったよ。三つ目はローレンス・フィッシュバーン演じる“クリーン”の存在。船の乗組員と映画を見ている観客にただ混乱と苛立ちを起こさせる為だけのものだった事、そして彼の死後はデニス・ホッパーがそれを受け継ぐ訳だけど何のために存在していたのかが俺には理解できなかった。だって役名すら無いんだもん。最後は特に理由は無いんだけどフランス人の一族と邂逅するシーンが大幅に追加されているんだけど、その一族を見てるうちに「それってもしかしてコッポラの一族の事かい?」なんて思ったりしたよ。そのコッポラの顔が上映中ずっと頭の中に浮かんでいて、それこそが“地獄の恐怖”だったりして。それと大御所の女性翻訳家が翻訳をしてるんだけど、もう時代とずれてる気がするんだなぁ。

ラストの王国が破壊されるシーンが削除されてたのがちょっと残念だった。オリジナルのラストのほうがすっきりしてると思う。でも色々言ってもこの映画はやはり一級の作品であると同時にベトナム戦争映画の原点であり嚆矢である事に変わりは無いと思う。

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