2002-6-1 『パニック・ルーム』 PANIC ROOM

「もしかしてジョディ・フォスター主演の映画を劇場で見るのは初めてかな?」なんて素人みたいな事を思っているうちにオープニングがスタート。タイトルクレジットがビルの看板のように配置され、それが3Dの様に浮き出しているよ。うーん見事。

世界の中心、マンハッタンで余りにも広い建物の中には少しギクシャクした関係の母娘2人だけ、そしていかなる侵入者も拒む“パニック・ルーム”。これだけでも期待感高まるよね。雨が降りしきる夜(『セブン』のよう)に不法侵入してきた男3人とパニック・ルームに逃げ込んだ何の武器も持たない母娘。時間の流れが分からない作りになっていて、一体いつ朝が訪れるのか。どうしたらこの状況から抜け出せるのか。という緊迫感が高まる中、部屋の内と外の廊下を1つのスクリーンに映し出し、まるで舞台のセットのようなカット割り。幾つのもシーンを同時に表現する為のTVモニター。観客の視線を釘付けにする大アップ。そしてパニック・ルームの中を縦横無尽に映し出すカメラワーク等々。映像的には楽しめた。デビッド・フィンチャーいい仕事してます。

ところが映像の面白さに対してストーリーが物足りない感じが強くて気になった。こういう映像が撮りたい。こんなカットにしたい。という気持ちが強いのかもしれないけど、余りにも安直過ぎる所や何でそれがそこにあるの?何でそれがそこに無いの?それはそうにはならないでしょう?と悪気じゃなく、そう思ってしまう事が何回もあった。

セリフがある出演者は声のみの出演のニコール・キッドマンを含めて11人しかいなくて、殆んどのシーンがメグ/ジョディ・フォスターとサラ/クリスティン・スチュワートの母娘2人と侵入者3人の合わせて5人で展開するわけだから、母娘2人が何故マンハッタンで生活を始めるのかを何気に匂わせていたけど、通り一辺過ぎると思う。それは侵入者3人のバーナム/フォレスト・ウィティカー、ジュニア/ジャレッド・レト、ラウール/ドワイト・ヨーカムたちの人物設定の中途半端さにも表れていると思う。

パニック・ルームの凄さに比べて余りにもみすぼらしい建物の鍵とドア。いくらパニック・ルームがあるといっても、まずは入口のセキュリティからでしょう(セコムしなきゃ)。

不気味な存在として登場したラウールが劇中で「顔を見られたくない」と言って、目出し帽を被ってたけど、誰に見られたくないのかな。バーナム?それともメグとサラの2人に?どうせバーナムを殺すつもりでジュニアが呼んだのだろうし、空家だと思って侵入したんだからメグとサラの2人は無関係な筈。何か居心地が悪いというか座りが悪い感じなんだよね。

色んな所でドキドキするシーンやハラハラさせるカットはあったけど手に汗握るとか、あーもうこれはヤバイと思うほどじゃなかった。換気坑に穴を開けてプロパンガスを送り込むシーン、あれはまず有り得ない。プロパンガスは空気より重いんだからガスは換気坑の下へ下へと降りていくだけだから、あれほど早くパニック・ルームに届くはずが無い。まして映画の様に天井の方が燃えるのじゃなく、メグとサラが伏せてた床の方が燃えるはず。それにしても上手い具合にプロパンガスのボンベやパニックルームに着火マン(アメリカじゃ何と呼ぶのか知らないけど)が有るもんだ。

何故かパニックルームに外と通じてる小さい穴があって、そこからライトを使って隣の建物に向けて光のモールス信号を送って助けを求めるシーンも隣の建物の住人が光に気付いた途端、2人で穴から叫ぶだけでなく、もっと絶望的に描いた方が後の展開がより際立ったと思うけど。そして娘が糖尿病患者だという設定も、始まりのほうに「明日は病院に行く」とか「薬は大丈夫?」みたく軽くでいいから振っていた方がストーリーを先読みしてハラハラしたのにと思う。娘の腕時計をチラチラ見るから気になっていたけど、どうも時計じゃないようだし、何だろう?と思っていたら血糖値を計る物だったんだね。それを何度か映す事で言葉では言わなくても糖尿病患者だと分かる位アメリカじゃポピュラーな存在なのかな。

豊富な非常食が備蓄されてるはずのパニック・ルームには何故か高カロリー食に代表されるチョコレートのような物が無い。防火毛布や着火マンはあってもね。そりゃ最終的にはサラを助けるため部屋の外に出て薬を取って来る事には変わりは無いけど、ストレート過ぎる。そしてラウールがパニック・ルームのドアに手を挟まれるシーンもね。まさか安全装置の赤外線が当たらない所に手を置いていたからそうなった訳?それじゃ安全装置の意味無いじゃん。元夫とラウールが入れ替わるトリック、思わせ振りのカットが逆にアダとなってすぐ分かった。

母娘2人の過去や侵入者3人の過去など余り関係なしに一晩の内に次々とハプニングやアクシデントが起こるサスペンス映画なんだから、元夫が助けに来るのではなく、全く無関係な人物を登場させた方が良かったんじゃないのかな。監督がデビッド・フィンチャーじゃ無ければつまらない映画になってたと思う。

メグ/ジョディ・フォスターの子供はメグが劇中で『娘』というまで男の子だと思っていた。すまん、サラ/クリステン・スチュワート。

『映写室から』TOPへ