2002-09-29  『サイン』 SIGNS

夏休み映画が終わると映画館もめっきり人が減る(特に子供とその親) だから俺みたいな人ごみが嫌いな者にとっては嬉しい限りだ。ただし、この季節は配給会社もそれ程力を入れてないのか、見に行きたくなる映画が無いんだよね。「これとこれ、どっちにする?」 「じゃあ、こっち」みたいなノリで見に行く事に決めた。

『シックス・センス』は劇場では見て無いけど、WOWOWで見た。シナリオやストーリーはそれなりに面白かったけど、子役のハーレイ・ジョエル・オスメントの演技が光った映画。そのお陰でブルース・ウィリスも力以上の演技を見せたと思う。映画の序盤に「僕、死んだ人が見えるんだ」と言いながら、ブルース・ウィリスの前にお守り代わりの小さな人形を並べるカットで 「あれっ、もしかしてブルース・ウィリスは死人?」 全て解ってしまいました。2作目の『アンブレイカブル』は、このページでも書いたけど、ブルース・ウィリスに対する答えは一切無し。サミュエル・L・ジャクソンが今まで犯した悪事が明るみに出るだけ。『アンブレイカブル』というタイトルが意味をなさない作品になってた。この『サイン』は3度目の正直を信じて劇場へ入ると、意外と人が少なくて嫌な予感がした。

グラハム/メル・ギブソンの唐突な目覚め。静かな家の中。ミステリー・サークルが唐突に現れるシーンは驚きもの。飼い犬が凶暴になり、娘のボー/アビゲイル・ブレスリンが水に違和感を感じ始める。何かが起きようとしている。確かに何かを感じさせるオープニングになってる。だけど、しばらく見ているうちに疑問が湧いてきたんだ。何度か空中から撮影されたミステリー・サークルがスクリーンに映し出され、観客はミステリー・サークルの全貌を見ているけど、劇中の出演者は、単に円になってるミステリー・サークルに足を踏み入れるだけ。幾何学模様になってるミステリー・サークルの方へ行くカットは1つも無い。家の中からミステリー・サークルの全貌を見る(映し出される)シーンも1つも無い。2階の窓からや、屋根の上によじ登って見るシーンくらい有ればまた違ったと思うけど。

そして何故ミステリー・サークルが現れるのがトウモロコシ畑なんだろう? ミステリー・サークルはイギリスの麦畑に現れることで有名。だからアメリカの麦畑に現れてもいいはず。トウモロコシの太い茎を倒すほどのものだから、「人為的に作られたんではなく、本物だぞ」と言いたいのかなぁ。それとも背の高いトウモロコシの方が視界が悪くてドキドキ・ハラハラさせられるからなのかな。

色々な“サイン/兆候”が示されて来る。“水・本・夢・妻との最後の会話・バット” そのうち“水”と“本”はミステリー・サークルが現れてからの“サイン/兆候”だから少し変だよね。息子のモーガン/ローリー・カルキン(カルキンは何人いるんだ)が元々からUFOに興味が有って、UFOなどは信じない父親に見つからないように隠し持ってた本なら納得するけど、ましてその本に書かれていた事と同じような事が起こるなんていくら何でもね。普通それは偶然と言うんじゃないかい。そしてボーが水に対して違和感を示すシーンも、最初がしっかり描かれてないから、元々から水に対してそうなのか? ミステリー・サークルが現れてからなのかが今一判りづらい。おまけに本屋で「元々水に対してそうなんです」と言うモーガンのセリフがあるから尚更です。ボーが何度か「夢で見たのと同じ」という事を言うけど、そんな夢のシーン有ったっけ?

それから俺が何となく違和感を感じたのは、大人同士の会話が噛み合ってなかった事。問いかけた事に答える前に、今自分が思ってる事を言った後にそれに答えるシーンが多かった様に思える。あのセリフがどう、このセリフにはこうだとは、はっきりと覚えてないけどね。

ブラジルで撮影されたVTRに映る宇宙人を見た瞬間 「もう帰ろう」かと思ったぞ。そして、「この映画、何なんだ」とも思った。それからはスクリーンに映るカット全てが、チープに見えて腹が立った。そして宇宙人が肉食だったのには呆れた。どういう形で人間を食料として保管するのか判らないけど、何船もの宇宙船で飛来してるわけだから、それなりの人数が居るはず。惑星間飛行をする為の母船に備蓄するだけでも、エラク不経済じゃないか。もっと小さな食料でエネルギーを確保した方が良いと思うけど。もしかして宇宙空間で加工するのかな? ミステリー・サークルは偵察隊が作った地図という設定だったけど、世界中にミステリー・サークルを出現させて大騒ぎになるより、ミステリー・サークルを作る時間があるなら、その時に家に侵入して密かに捕獲する方が合理的だと思うけど。

保冷庫に閉じ込められる宇宙人にも呆れたけど、ラスト近くで息子のモーガンをさらおうとした宇宙人が「グルル、グルル」と唸ってたのには頭抱えてしまった。「お前は猛獣かい」と突っ込んだからね。おまけに爪が長いんだ。一体何の為。素手で地球へ降りて来て力づくでさらおうとするような宇宙人が惑星間飛行出来るのかね? シャマランさん。映画に登場した宇宙人は人間をさらうためだけの使い捨て宇宙人で、母船にはもっと違う宇宙人が居たんだよね? そう思わないと納得できないよ。そして水で倒されるんだよ、水で。ウルトラマンのジャミラじゃないんだから。だから飼い犬は凶暴になった時にオシッコを飛ばしたのか。

このラスト近くのシーンでグラハムの妻が最後に残した言葉が意味を持ってくるんだけど、俺は監督のシャマランのアザトさを感じるだけだった。ラスト近くで意味をなす言葉なら、いきなりオープニングで妻が事故に遭うという衝撃的なカットから始まった方が“サイン/兆候”として意味を持ったと思う。メリル/フォアキン・フェニックスの存在感も薄いしね。最後の“サイン/兆候”だったバットで宇宙人をぶん殴るけど、街で誰かがボソッとメリルのマイナー時代の過去を話すより、映像で見せた方が説得力が有ったんでは? 妻がグラハムに言った「見て」の意味が今でも分からないんだ。

エンドロールが流れる時には、頭を抱え込んでしまった。『3度目の正直』じゃなく、『2度有る事は3度ある』になっちまった。もうシャマランの映画を見に行く事は無いと思う。

家に帰る途中にパンフを見ていたら、『家族の絆と信仰を取り戻す映画』みたいな事が書いてあった。「えーっ!そうだったの?」 のと驚いてしまった。そんな風には全然思えなかったけどな。家族の絆を失いそうになっているのは信仰を失ったグラハムと野球に挫折したメリルの二人の大人で、息子のローリーは妹のボーを「今日から科学が変わる。この瞬間をビデオに撮ってお前の子供に見せるんだ」と言い。「お前を守る」と力強く言ってたぞ。聖職者が信仰を捨てるという事は『ポセイドン・アドベンチャー』でジーン・ハックマンが演じた神父スコットの様に命を捨てる事と同じ位に位置するものだと思うけど。

俺はこの映画を見て、『意味も無く、気にする事も無く過ぎていく時間の中にも、自分の過去や未来を示す“サイン”は何気なく示されている。それを見つけられるか、見つけられないかは、今をどう生きてるか、どう生きてきたか、そしてどう生きるのか』 そういう映画だと無理にでも思った。そう思わないとやりきれない無かったんだよ。 余りのつまんなさに、自分の感性に不安を持ってしまった。日本語スーパーも酷かったしね。娘のボーがテレビのリモコンが見つからなくて、父親のグラハムに訪ねると、返って来たセリフが「ソファーの下では?」だぞ。驚きましたよ。

『シックス・センス』は心霊現象。『アンブレイカブル』は超能力。そして『サイン』は超常現象。もしかしてシャマランの好きなもの三部作かい!

つらい過去を越えた後には穏やかな日々がある。それは日本では『万事塞翁が馬』と言うんですよ。シャマランさん。娘役のボー/アビゲイル・ブレスリンは凄く可愛いんだけど、映るカットによっては『チャイルド・プレイ』のチャッキーみたいに見えてのが有る意味一番怖かったりして・・・。

『映写室から』TOPへ