2002-8-4 タイムマシン THE TIME MACHINE

小学校の学級文庫に並べられていた、H.G.ウェルズ原作の『タイムマシン』を読んでワクワクした記憶が微かにある。その後、映画化された作品の内の一本をテレビの洋画番組で見た時にもワクワクしてかぶり付きで見た思い出も微かにある。 SF好きな俺の原点がそこにあるかも知れない。でもその後、小説は一度も読み返してないし、その映画も未だに見返しては無いんだけどね。

てな訳で凄く記憶には残ってるけど内容を人には全く説明できない状態で、心だけワクワクしながら劇場へ足を運んだ。見るつもりだった時間の回は一番前しか残ってなかったので、約二時間後の次の回のチケットをゲットした。でもなかなか良い席で正解だったかも。

主人公のアレクサンダー・ハーデゲン(アレックス)を演じるのは、ちょい鼻の下が長く、出っ歯気味で、ナイナイの岡村似のガイ・ピアース。恋人のエマ役は見た事も聞いた事も無いシエナ・ギロリーが演じる(でもそのおかげですごく新鮮だった)。タイムマシンの研究をしていたアレックスは恋人のエマを目の前で亡くした事で研究にのめり込み、遂にタイムマシンの原理を解き、タイムマシンを作り上げてしまう。でも製作過程は一切無し、試運転も無しでいきなり時空を越えてしまう。過去を変えられない事が判ると、『変えられる過去』の答えを求めて未来へと旅立つ。

恋人のエマが死んでしまう場面を二度に渡ってアレックスは目撃してしまうわけだけど、その死因が今風なんだよね。一度目は人ごみを離れた公園の暗がりでピストル強盗に襲われて命を落としてしまう。1899年のニューヨークもそれなりに危ない街だったのかな?そんなことは無いと思うけど。そしてタイムマシンで過去に戻り公園を離れエマを自宅へと送り届ける途中に暴走する車に轢かれて死んでしまう。「現代の車社会じゃないんだからよ!」なんて思ってしまう。

答えを求める旅の途中に何度か未来を確かめる為、タイムマシンから降り、情報を得ようとする。子供の頃からから思ってた疑問なんだけど、時間軸は移動出来るけど、空間を移動する事が不可能なタイムマシンは、ずっと同じ場所に存在している。それは時代の流れの中で、その場所が建物の中であったり地中であったりすることが映されていたことでも分かる。2030年の時点では空地の奥がその場所だったけど、時間軸を移動しているタイムマシンを外から見たらどうなってたんだろう?タイムマシンは、見えるの?見えないの?タイムマシンの中では一瞬で過ぎる一日も外側の世界では24時間はしっかり24時間有り、その場所でタイムマシンは回転しているはず。だから手を伸ばせば触れられるんじゃないのかと思ったりして・・・。光より速く外側が回転するという設定だと考えると、光より速く回転している物体は・・・あーもう全然わかんないや。でもやはりタイムマシンはそこに存在してるはず、目には見えなくてもその場所を通ればぶつかると思う。

その2030年のニューヨークの街には一台の車も走ってなくて、街行く人は歩きか自転車だったけど、今注目のエコカーは何故登場しなかったんだろう?人間は未来の世界に対して今よりも楽が出来る世界になると考えているはず、それなら人力で走らせる自転車よりも車のほうが楽だからエコカーの方が主流になってると思うけど、まぁ映画とは関係ないからね。

原作では核戦争で人類は滅びたとなっていた。今では陳腐になってしまった設定をこの作品ではどうするのか興味があった。予想も付かない月面崩壊にはインパクトを感じた。ビジュアル的にも「おおっ」という見応えがあるシーンになっていた。その2037年の月面崩壊で降ってきた月の石で衝撃を受けてアレックスは気絶してしまうんだからやっぱりタイムマシンは物理的にその場所に存在してたわけだよね。

そして目を覚ますと80万年後の未来。いったい何日くらい寝てたんだろう。滅亡の危機を切り抜けた人類は、自然と一体化した生活を送っていた。人間社会は地上に生きる者“イーロイ”と地下に生きる者“モーロック”とに二分化されていた。一見平和そうに見える村だったが、人間狩りをする“モーロック”の恐怖が漂っていた。アレックスは果敢に戦うが(4年間部屋に閉じこもりで研究に没頭してたくせに元気・元気)、驚愕の事実が判明してしまう。捕食する者とされる者の関係のもうひとつ上に地球の頂点に立つ者たちの社会があった。このシーンを見た時すごく腹が立った。“モーロック”はCGで化け物みたいに描かれていたから何も無いけど、何故“イーロイ”達はアジア人風であったり黒人風のカラードの人達で、頂点に立つ者は白人風なの?何で?。

その白人を演じていたのがジェレミー・アイアンズでこれまたビックリ!。「いつになったら登場するんだろう?」と思っていたら白塗りの顔で登場。「別にあなたじゃなくても・・・」と思わずツッコミを入れてしまった。今のままでは未来さえも変えることが出来ないと確信したアレックスは“モーロック”の洞窟でタイムマシンを自爆させ、全滅させてしまう。村には平和が訪れるのだけど、19世紀の自動車のパーツと蒸気機関の組み合わせで出来たタイムマシンにあれ程の爆発の威力があったとは。あとエネルギー源は何だったんでしょうかね。

タイムマシンの中から見る外の景色の移り変わり、“イーロイ”の村の美しさ、“モーロック”の不気味さに頂点に立つ物の異様さはそれなりに描かれていたけど、全体的に印象が薄いのは設定が甘い為だと思う。英語が“石の文字”という形で伝わっていたのは面白い設定だったけど、80万年も時が過ぎればあんなにクッキリとは残ってないでしょ、風化しているはず。そして冒頭のニューヨークでのエマとのシーン。研究に没頭するシーン、旅の中でのシーン、エマ達との暮らしの中でのシーン、頂点に立つ物と出会うシーン、遠い未来を見た時のシーン等々消化不良で欲求不満一杯の作品でした。

そして最後にふたつ。パンフレットでは“イーロイ”となっていたけど、字幕では“エロイ”となっていたと思う。劇中ではお手伝いさんとしか思えなかった“ウォチット夫人”はパンフではアレックスが下宿する家の女主人となっていた。統一して欲しいよね。

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