2003-1-3 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 Harry Potter AND THE CHAMBER OF SECRETS

今年の冬はすごく寒いぞ。誠に冬の様だ。新年を迎えてから一層寒さに拍車がかかり、雪は降るし氷雨も降る。こんな時はフラフラと外を歩くんじゃなくて映画を見に行くに限る。見たい映画は2本有ったんだけど、上映時間の都合で『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を見る事になった。

予告編は何度も見てるのでハリーが自分の部屋を持つ事が出来たのは知っていたけど、実際にそのカットを見た時は軽く笑ってしまった。屋敷下僕のドビーの行動が余りにも強引で、性格は極端に自虐的過ぎるのにはちょっと引いてしまった。キャラクター的には結構好きなんだ。でも登場するタイミングが映画の世界に集中しようとしてた矢先だったので出鼻を挫かれたんだ。すまんドビー。

『賢者の石』の時はハグリッドが空飛ぶバイクで、『秘密の部屋』ではロンが空飛ぶ車でハリーを迎えに来る所なんかはファンタジー映画らしい演出で期待をそそられるものだった。しかしハリーがダイアゴン横町に行く呪文を間違えてノクターン横町に着いてしまうシーンやホグワーツ行きの列車に乗ることが出来なくて空飛ぶ車で列車とチェイスするシーンや暴れ柳に殺されそうになるシーン等が次から次へと出てくるのは「ちょっと詰め込み過ぎじゃないか。ハラハラと言うよりドタバタし過ぎ」と思ってしまった。列車とチェイスしてる時に車の中からのカットだけでなく、列車の運転手や乗ってる乗客(生徒)たちの顔や驚きが挿入されていればまた違う印象になったと思う。目を見開いて驚くヘドウィッグは可愛かったです。ダイアゴン横町で出合えたハリーとロンは期待を裏切って普通に喜び合ってて拍子抜け。原作ではどうだったんだろう。でもロンの家の中は魔法が一杯ですごく楽しそうだ。家族の関係も微笑ましいぞ。何よりも本当に血が繋がった家族のように顔がソックリなんだもん。父親のアーサー・ウィーズリーの顔を見た時は思いっ切り笑ったぞ。

『賢者の石』の時もそうだったけど、どうしてハリーのおじさんのバーノン・ダーズリーはハリーがホグワーツに行くのをあんなに嫌がるんだろう? 一体ハリーをどうしたいんだろう? まさかルシウス・マルフォイから密かに金をもらってた訳でもあるまいに。スネイプ先生から空飛ぶ車をマグル7人に見られたと大目玉を食らうシーンがあったけど、実際はその前にハリーを家から連れ出す為に夜中とはいえ大きな音を出して大騒ぎしてる訳だし、その事を含めるともっと多くのマグルに見られてると思うけど。

ホグワーツに着いてからも次々と事件が起こり、俺の心の中では早く『秘密の部屋』の核心に触れたいと思っているのに思うように進まなくて、ちょっとジレンマに陥ってしまった。『賢者の石』ではハリーが血筋だけでなく能力的にも優れている事の証となったクィディッチも『秘密の部屋』では余り意味をなさなかった気がする。いきなり中止になったり、何の前触れも無く試合が始まり、分けもなく危機一髪の状態になってるんだ。端折り過ぎな気がする。そしてハリーの腕の骨が無くなり一晩を病院で過ごすシーンもきっと何かが起こると思ってた期待とはかけ離れてたしね。血文字が画面一杯に映し出されるシーンやロンが自分に魔法を掛けてしまい、でっかいナメクジを吐き出すシーンは子供向けと言われてる映画にしてはちょっとグロテスクじゃないかな。

『秘密の部屋』の核心に近づくにつれて犯人探しと部屋の秘密へと興味が移行して行くんだけど、『嘆きのマートル』が前回部屋が開いた時の唯一の犠牲者で一連の騒動はトム・リドルに操られたロンの妹ジニーだったことはそれなりの驚きがあったけど、唐突な感じは否めなかった。いきなり真実を見せられるより、それなりの雰囲気を漂わせておいた方が見ている方もカタルシスを感じる事が出来たのにと思う。トム・リドルは何故ジニーを選んだのか? 何故ジニーが死ぬと復活するのか? 血筋としては一流とは思えないウィーズリー家のまだ魔法使いにもなってないジニーじゃなければいけない理由は?

スリザリン寮のモチーフが蛇で、秘密の部屋にいたのがバジリスクという蛇。それを見た時は日本の田舎の村の言い伝えにある“森のヌシ”や“沼のヌシ”かよと突っ込みを入れてしまった。一体『秘密の部屋』は何の為の部屋だったの? トム・リドルが復活する為の部屋なのか? それとも別の意味を持っているのか? スリザリンの名を継ぐ者の為の部屋なのは確かだけど、俺には今いちよく分からなかった。その蛇が地下の配管を移動しながらハリーを襲うシーンはちょっとおかしいと思った。その理由は蛇は体を左右にくねらせながら前に進むんだ。あれだけ大きな蛇が体を動かすには配管はちょっと狭過ぎると思うけどな。だからバジリスクはスーッと水平移動するのか。

濡れ衣を着せられたハグリッドがアズガバンに送られた時は「これが次回作の伏線になるんだな」と思っていたらラストシーンでホグワーツに戻って来て「あれっ?」って感じだったよ。そのラストシーンでハーマイオニーはハリーにしっかりと抱きついたけどロンには抱きつかなかったね。ハーマイオニーに気付いたのはロンの方が早かったのに・・・ 可哀想なロン。どうでもいい事なんだけど、ラストシーンは『賢者の石』の時と同時に収録されたみたいだね。主人公3人とも顔が子供なんだもの。

ドビーの動きも含めてCGは素晴らしくサウンドも体がブルブル震える程の大迫力。ストーリーやエポックもぎっしりと詰っていて2時間40分間飽きる事やダレる事は一切無く、見るに耐えうる作品だと思う。でもどうしても散漫な印象が拭えないんだ。物語が次々と展開して行くばかりでなく、じっと腰を落ち着けて見るシーンが欲しかった。例えば、ハリーに疑惑が掛かり、仲間だと思っていた人たちがハリーを避け始る。マクゴナガル先生までもが背中を向け始めハリーは疎外感を感じ出す。でも真の仲間のロンとハーマイオニーはハリーを信じ、そしてより一層絆を強めると言うシーンなんかが有ってもいいと思ったけどな。外の風景にしてもホグワーツの全景は映してたけど、夜の場面ばかりなんだ。何かが起きようとしてる事の暗示なんだろうけど、『賢者の石』で映された素晴らしい風景があるのに勿体無い感じがしたよ。

ホグワーツにある寮の名は偉大なる先達の名前だったり、グリフィンドールの名が刻まれた剣が組分け帽の中から現れ、実はハリーがそれを手にする資格を持ってたり、ハリーの額の傷の事とかの謎も、少しずつ小出しにするのではなくて、1つでいいから決定的な事が出ていたならば散漫なイメージは払拭されたんじゃないかと思う。あと、あの空飛ぶ車は意志を持っていたんだよね。これも何だかよく分からないんだ。「家に帰ってパンフを見ながら、おさらいだ」と思っていたら、ストーリーに関する事は一行も書いてないじゃないか。もしかして本を買えって事かい。

『賢者の石』の時とは違って冒険映画じゃ無かったけど、『秘密の部屋』でのハリーは少しキャラクターが変わっていたね。『賢者の石』の時は期待に胸を膨らませる子供で、今回は自宅に居る時はおとなしいけど、ホグワーツに行った途端に自信溢れる成長した男になるんだ。それよりも驚いたのはハーマイオニーがすごく変わっていた事。派手な活躍はしなかったけどハリーとロンをガンガン引っ張る行動力を見せ、或る意味ストーリー的には今回の中心だったかも。そしてロンも正義感溢れる少年へと成長を遂げてた。ただし台詞が少なすぎ。

1作目の『賢者の石』の時のような痛快感はあまり無かったかも知れない、それでも次回作も見に行くと思う。時代が後から付いてくる映画なんて幾らでもある。スター・ウォーズの『帝国の逆襲』は『ジェダイの復讐』の公開後、評価が一変したからね。ところでキルデロイ・ロックハート/ケネス・ブラナーって単なる狂言回しだったのかな・・・。でもしっかりと演じてるところなんか流石です。

次回作の『アズガバンの囚人』から監督が代わるらしい。イギリス生活が大変だったかな。お疲れ様、クリス・コロンバス。そしてダンブルドア校長/リチャード・ハリスに心からの冥福を捧げます。

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