オリジナルメンバーはVo. Robin Zander /ロビン・ザンダー1952年1月23日生まれ、出身地不詳。Gu. Rick Nielsen/リック・ニールセン1946年12月22日生まれ、アメリカ出身。Ba. Tom Petersson/トム・ピーターソン1950年5月9日生まれ、北欧出身。Dr. Bun E Carlos/バーニー・カルロス生年月日不詳。ベネズエラ生まれの4人。

デビューアルバムは1977年発表の『Cheap Trick/チープ・トリック』同年8月セカンドアルバム『In Color/蒼ざめたハイウェイ』を発表。表ジャケットがロビンとトムの男前2人。裏ジャケットがリックとバーニーの3枚目の男というユーモア溢れる構成とバンドのキャラクターが話題を呼び日本のマーケットが世界に先駆けて目をつけることとなった。

本人たちもその事をわかっていて来日コンサートの前に当時はミュージックシーンの発信基地だったラジオ局にメンバー自らのメッセージを送っていた。

1978年4月に3作目の『Heaven Tonight/天国の罠』の発表直後に武道館でコンサートを行い、収録されたのが彼ら初のライブアルバム『at Budokan/チープ・トリック at 武道館』です。収録は1978年4月28・30日、日本武道館。4月27日、大阪厚生年金会館。

ライブアルバムの良し悪しとか好き嫌いをいうのは得意としない。バンドは映画俳優と違って世の中に発表する作品としてのアルバムとパフォーマンスとしてのコンサートの2面性をもっている。

発表されたアルバムは誰でも手に入れることが出来、永久に残るもの。それに反してコンサートは限られた空間と時間、限られた人たちの中で一瞬一瞬が流れるもの。その一瞬を作品としたものを「あーだこーだ」と言うのは失礼な気がしていた。

でもこのライブアルバムはそんな気持ちをいとも簡単に吹き飛ばしてしまうほど素晴らしいもの。それまでの俺にとってのライブアルバムの名盤はDeep Purpleが1972年に発表した『Made In Japan/ライブ・イン・ジャパン』やPeter Framptonが1976年に発表した『Frampton Comes Alive/フランプトン・カムズ・アライブ』があった。

『at Budokan』はそれらと並べても遜色のない出来と今までのライブアルバムのタイトルが○○ In Japanとか○○ In Tokyoとかだったのに“カーネギーホール”“マジソン・スクエア・ガーデン” “ハマー・スミス・オデオン”のように地名や都市名ではなく会場の名前を世界的に有名にした事も評価の1つになっている。

実はこのアルバムの直前にBob Dylanも『Bob Dylan at Budokan/武道館』というライブアルバムを発表していて特にアメリカではその相乗効果もあったと思う。

『Alright Tokyo』『Are You Ready』との呼びかけに呼応する耳をつんざかんばかりの歓声の中セカンドアルバムの1曲目のナンバー、チープ・トリック・オープニング・テーマ『HELLO THERE』のイントロのギターがはじまる。あっという間に心は武道館の会場の中へと連れ込まれて行く。

2曲目も同じくセカンドアルバムの中からの曲『COME ON,COME ON』3曲目の『LOOK OUT』はこのアルバムのみの収録。4曲目『BIG EYES』もセカンドアルバムに収録されていた曲、少しヘビーな曲調にロビンのボーカルとリックのギターが冴え渡る。

5曲目の『NEED YOUR LOVE』は次のアルバム『Dream Police/ドリーム・ポリス』に収録されてる曲でライブでの先行演奏となっている。この曲のみTom Peterssonが曲作りに参加していて、曲調はスローな感じ。6曲目はジョン・レノンもカバーを発表した事があるFats Dminoの名曲『AIN'T THAT A SHAME』イントロはちょっと大げさ風。何がはじまるか思わせぶり。でも会場のファンの歓声は又一つボルテージを上げる。間奏でのビートルズの“PLEASE PLEASE ME”のイントロ風のギターのリフがにくい。

ここでA面終了。呼び戻される心と現在に残されていた体が一つになる。「さぁ急いでB面だ」

B面1曲目、通算での7曲目はまたまたセカンドアルバム収録の『I WANT YOU TO WANT ME/甘い罠』またもや心はその当時へと連れ込まれて行くこの曲からファンの歓声が曲に少し強めにかぶされている。それまでの臨場感をよりたっぷりに感じられるよう仕上げられている。

〈oh didn't I,didn't I, didn't I, see you cryin'〉の後をファンの〈cryin' cryin' cryin' cryin' 〉のリフレインは永遠の時を超えた歌声として感じる事が出来る。こんなことはアメリカをはじめとした他の国では聞く事が出来ない、日本のファンとバンドが一つになっていた事の証しだと思う。(これがアメリカのファンにも受け入れられヒットアルバムへとなっていく)でもこの曲の後半でリックがミスって音を外してるんだけどそれもライブ。

次の8曲目の『SURRENDER』はロビンもライブの中で言っているように次の5作目のアルバム『Dream Police』の1曲目のナンバーで俺が1番好きな曲。でも歌詞の中にある“僕が起きてきた時、パパとママは僕のKISSのレコードを引っ張り出してきてソファーでロックンロールをしてるのさ”なんて本当はありえそうにないことを歌詞にするなんて、やっぱリックは変人なんだなと思う。曲の最後のほうの“AWAY”のところはついつい一緒に叫んでしまう。

9曲『GOODNIGHT NOW』もこのアルバムのみの収録。そして10曲目のラストの曲はこれもセカンドアルバムの曲『CLOCK STRIKES TEN』。アメリカの良い子は11時が門限なのか?だから10時の時報に・・・そんな事どうでもいいや、チープ・トリックが帰っちゃうよ!。1度聞いたら忘れられないギターのハーモニック奏法。ロビンの叫ぶように歌うボーカル。リックのハーモニー。絶叫に近いファンの歓声。曲が終わり歓声と手拍子と床を踏み鳴らす音が響く中、FADE OUTしてこのアルバムが終わる。一気に再び現実へと引き戻される。

このアルバムは本国アメリカでもヒットし彼らの初のプラチナアルバム、そして300万枚ものセールスを記録する。そして『I WANT YOU TO WANT ME/甘い罠』も全米3位に入るヒットとなり日本からの逆輸入の形でアメリカでビッグネームの仲間入りを果たす事となる。次の5作目のアルバムはこのライブアルバム発表前に収録されていた『Dream Police/ドリーム・ポリス』が約一年後の1978年8月に満を持してリリースされ200万枚のヒットとなる。代表曲は『ドリーム・ポリス』、『ヴォイシズ』。その後1980年夏の“ジャパン・ジャム”でのメインアクトとして3度目の来日を果たすが音楽的対立をしていたトム・ピーターソンは来日せずその後正式に脱退を発表する。

そののちにも『ストップ・ディス・ゲーム』『永遠のラブソング』『ネクスト・ポジション・プリーズ』等のヒットは放つもののかつての人気には遠く及ばない日々が続く。1987年トムが再加入し1988年の3月に第11作目となる『Lap of Luxury/永遠の炎』をリリース。エルビス・プレスリーのカバー曲『DON'T BE CRUEL/冷たくしないで』がチープ・トリックとして初の全米1位となり1988年に8年振りの来日公演を行い11月14日に再び武道館でコンサートを敢行する。そして日本各地の会場をソールド・アウトにする復活劇を見せた。

おまけ
Budokanは“ブドーカン”じゃなく“ブドカーン”と「」にアクセントを付けて発音します。Cheap Trickというバンド名ちょっとエッチです、調べてみましょう。バーニーの本名はブラッド・カールソンでアメリカ人らしい。真剣に調べたわけじゃないけどメンバー全員アメリカ人じゃないかと思う。そしてロビンという名も芸名かもね。

at Budokan』はボーカル・ギター・ベース・ドラムが同じバランスで録音されていて、アレンジもチープ・トリックらしいワイワイ・ガヤガヤとしていて全体的に華やかな感じに仕上げられている。何年経って聞いてもいつも同じ感動を与えてくれます。

当時はすごい人気で、比べたら失礼かもしれないけどクィーン・キッス・エアロスミスなんかチープ・トリックの前じゃ裸足で逃げだすくらいの感じでした。メンバー4人がそれぞれにこれほどの個性を持ったバンドはそうそう他にはいないかも。

リョーちん堂レコードへ 健康法師の庵へ チープ・トリックを初めて見た夜へ