THE JAM 『SETTING SONS』

PAUL WELLER Guitar。BRUCE FOXTON Bass。RICK BUKLER Drum。の3人。THE CLASHの獲得に失敗したポリドールレコードから1977年4月にシングル『IN THE CITY』でデビュー。5月に同名のファーストアルバム『IN THE CITY』をリリースする。そのわずか半年後にはセカンドアルバム『THIS IS MODERN WORLD』をリリース。1年後の1978年11月にはサードアルバム『ALL MOD CONS』と彼らの音楽同様に疾走し続けた。

『ALL MOD CONS』はイギリスの音楽誌であるNME誌のリーダースポールでその年のベストアルバムの栄光を獲得する。そして前作と同じ1年の期間を置いて4作目となるアルバム『SETTING SONS』を1979年11月に発表。NME誌のリーダースポールの6部門で1位を獲得。イギリスを代表するトップバンドとしての地位を固める。

アルバムのインプレは、電話の呼び出し音からはじまる『GIRL ON THE PHONE』(BLONDIEのHANGING ON THE TELEPHONEも電話のベルからはじまるけどイギリスとアメリカの音の違いが分かります)が1曲目。2曲目は『THICK AS THIEVES』3曲目は全体的に重い雰囲気の『PRIVATE HELL』4曲目はSEに戦場を思わせる音を使った『LITTLE BOY SOLDIERS』5曲目の『WASTE LAND』でA面は終了。

B面は『BURNING SKY』からはじまりBRUCE FOXTON作の『SMITHERS-JONES』はちょっとBOOMTOWN RATSみたく聞こえてしょうがない。そして『SATURDAY'S KIDS』全英で初の1位となった『THE EATON RIFLES』ラストの曲はピアノのリフがすばらしい、モッズのバイブルとも言える『HEAT WAVE』(オリジナルはマーサ&バンデラス)

このアルバムは未完成のコンセプトアルバムとして発表されている。内容は幼馴染の3人が社会に出てそれぞれの人生(右派、左派、中間派)を歩み再び昔の3人に戻るというものらしい。でも今回はここからが本番になる。


THE JAMは活動期間がわずか6年間、それもイギリスにこだわりイギリスを表現した。(全てはイギリスではじまりイギリスで帰結していると言ってもいい)通常イギリスでメジャーにのし上がったアーチストやバンドはアメリカのマーケットにおいてもそれなりの評価は受けていた。しかしTHE JAMには、全くそれが当てはまらない。イギリスで1位のアルバムがアメリカでは138位までしか登らない、そんなことが今まであっただろうか。

それはTHE JAM 、すなわちPAUL WELLERがあくまでもイギリス人であろうとし彼自身の存在理由を明確に持っていたからに他ならない。PAUL WELLERの書く詞はアメリカンロックにありがちな甘ったるいラヴソングなどではなく70年代後半から80年代にかけてのまさにその時その瞬間を書いていた。


「謎の女からの電話、自分の全てを知られている不安感」
                     (GIRL ON THE PHONE)
「色んな物を盗んで満足感を得ようとしても、それは幻想でしかない」
                     ( THICK AS THIEVES)
「心の中でカップが割れるのを見る、君は前に進めず、その欠片を掃き出す」
                     (PRIVATE HELL)
「何が問題かなんて、奴らと議論するなら戦場で弾を受けたほうがいい」
                     (LITTLE BOY SOLDIERS)
「週末の楽しみの為に毎日働いて金を手にする、でも自分の両親の有り様を見るにつけそれが偽りであると思い知らされた絶望感」
                     (SATURDAY'S KIDS)

閉塞感にさいなまれる若者、時代に対し怒れる若者、救いを求める若者、この世のあり方を見てしまった若者、そんな若者たちと同じところに立ち、彼らの心を詞にし、メロディーに乗せて歌った、それがTHE JAMだったんだ。

そんな中でアルバムラストの曲『HEAT WAVE』は一筋の希望の光を感じる。「俺たちもそんなに捨てたものじゃない、こんな素敵な恋もある、そんな恋人が待っている」そう感じられます。メキシコ湾からの暖流と北海からの寒流が交わる特異な気候をもつイギリスが生んだバンドだといえる。


そしてTHE JAMを解散しSTYLE COUNCILを結成した理由が“音楽性の違い”“THE JAMでは出来る事は全てやった”なんて言われてるけど、俺が思うにはPAUL WELLERの湧き出すインスピレーション・提示されるアイデアを具体化するには他の2人のメンバーはテクニック的,表現力的に劣る、すなわちヘタクソだということ。それを証明するのはTHE JAMのライブ最後の地が映画『さらば青春の光』(QUADROPHENIA・四重人格)のクライマックスの場所となったイギリス南部の町“ブライトン”だから。

分かりますか?モッズとはMODERNSの略です、固定化されたモッズスタイルとの決別であり、真の意味での“MODERNS”へのスタートを切るためだったんだ。PAUL WELLERは今でもイギリス人であり続けています。

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