THE JAMは1980年・1981年・1982年と3度の来日公演を行っている。

1981年5月の2度目の来日と1982年6月のTHE JAMの最後の来日となる3度目の来日公演を、ともに中野サンプラザで見た。当時は何十年後かにこんな形でTHE JAMの事を書くとは思ってもいないわけだから、何のメモも記録も無いわけで、記憶の彼方から少しづつ引っぱりだしてるので、2度見てるはずなのにその2度の公演が入り混じってどうしても1つにしかならない。

まず思い出したのが1981年5月の公演時に前座のバンドが演奏している間はずっとロビーにいたこと。その間ずっとTHE JAMがどんなパフォーマンスを見せてくれるのかずっと思い描いていた。そして会場に入ると、真正面にステージがあり、その奥には黒い文字で『THE JAM』と書かれた白い布が掲げられてた。それを目にした瞬間、THE JAMをこの目で見ることができる喜びに足が震えた。

音楽雑誌の写真でしか見た事が無かったTHE JAMがまさに今ステージをはじめようとしている。ファーストインプレッションは、飛んだー!。跳ねたー!。本当にジャンプするんだー。おおーカッコイイ!。そして、レコードと同じだ!同じところで演奏が速くなったり、遅くなったりしてる!。もう夢中で見た!目が乾くもの何のその、その一挙手一投足を目に焼き付けようとした。気持ちが落ち着いて気づいたのは、PAUL WELLERとBRUCE FOXTONの前に扇風機が置いてあって、PAUL WELLERの前には2台、BRUCE FOXTONの前には1台。「何で数が違うんだろう?」なんてくだらないことを思ってしまった。

音楽業界に知り合いがいた友人は頼み込んでメンバー全員のサインをもらってたけど、今でも持っているんだろうか?THE JAMは普段からファンに対して対等でいようとしていたのでサインはよく書いていたらしい。

そして1982年の来日公演の時も前座バンドの時に前回と同様にロビーにいた。これが結果的に今の記憶の混濁を招いた要因となっている。会場に入るまで同じ行動しちゃったからね。

雑誌で初めてTHE JAMの記事を読んだとき、本当にビックリした。「俺とそんなに歳が違わない奴がイギリスでこんなに活躍して、世の中の事を真正面から見据えている」とすごい嫉妬心を感じた覚えがあります。THE JAMは本当にカッコ良かったです。

ジャムへ 健康法師の庵へ リョーちん堂レコードへ