THE POLICE 『OUTLANDES D'AMOUR』 1978年 A&M

「後3年くらいのうちにビートルズが作った世界記録を全て塗り変える」

これはポリス自身から出た言葉であった。そしてこの言葉を裏付けるのは当時彼らはブリティッシュロックの第4次アメリカ侵略(ブリティッシュ・インベンション)の旗頭と呼ばれていたこと。


1976年の暮れ、元ラスト・エグズィットのスティング(ゴードン・マシュー・サムナー)と元カーブド・エアのスチュワート・アームストロング・コープランドが出会った事に端を発する。翌1977年1月コルシカ生まれのフランス人ヘンリー・パドバーニが加入し第1期のTHE POLICEを結成。1977年5月、スチュワートの兄マイルスの設立したイリーガル・レコードからシングル『FALL OUT/ACHIEVING』でデビューする。

その後アンディ・ジェームス・サマーズが加入し1時期4人編成となるが、1977年8月にヘンリーが脱退し最強のトライアングルを築くことになる。1978年4月メジャーレコード会社のA&Mからシングル『ROXANE』で再デビュー。同年8月には『CAN'T STAND LOSING YOU』と立て続けにヒット曲を出す。実はこの2枚ともイギリスでは放送禁止となっている。また同年10月には今や伝説ともいえる全米ツアーを敢行し、満を持して1978年11月ファーストアルバム『OUTLANDES D'AMOUR』をリリースする。イギリスではダブルプラチナディスク、アメリカでもゴールドディスクとなる。

1曲目の『NEXT TO YOU』は叩きつけるスネアと蹴り飛ばすバスドラにギターとベースが重なり合い一気にピークへ登りつめる。2曲目の『SO LONELY』は1曲目からの流れを見事に断ち切る場面転換を見せる。スティングの「どっから声出してんの?」というくらい高音域を使ったボーカルが聴き応えがある。3曲目の『ROXANE』はリズムのボトムが1拍目のウラから入るというレゲエのエッセンスを持っていながらマイナー調に仕上げている見事さが光る。次の4曲目の『HOLE IN MY LIFE』はアンディのギターが4和音のコードから始まる。中期のポリスの曲調のルーツがここに見られる。5曲目の『PEANUTS』はスチュワートの曲らしいスピード感とドラムの切れ味を感じる曲。スティングは歌うことに精一杯という感じ。ドラムはしっかりウラでビートを刻んでる。

B面トップの『CAN'T STAND LOSING YOU』はイントロからウラとオモテのアクセントを入れ変える、ちょっと引っかけ気味なトリックが綺麗に決まってる曲。アンディのギターのカッティングと中盤の盛り上がりは感動的。7曲目の『TRUTH HITS EVERYBODY』はライヴで鍛えた実力を一気に吐き出すような力強さを感じる。会場で聴いているかのような臨場感。この曲もリズムのウラのアクセントの取り方がスゴイ、リズムビートの嵐。8曲目の『BORN IN THE 50'S』は1番好きな曲。スティングが珍しくキバッて歌ってる、やけっぱちに聞こえたりして。ちょっとハードロックぽい仕上がりも珍しい。9曲目は『BE MY GIRL-SALLY』フェイズを効かしたアンディのギターのイントロからはじまる。まるでイギリスのシェイクスピア映画のナレーション風の歌詞(本当かい!)と単純なリフの繰り返しだが、スティングの青臭いボーカルがGOOD!。ラストナンバーは『MASOKO TANGA

このアルバムの特色はスタジオでジャムってたかギグってたかは分からないけど、遊び感覚で録音したテイクに思えて仕方が無い。何回も繰り返した演奏を録音し、そのテープをよってたかって一曲にしたんじゃないかな。『メッセージ・イン・ア・ボトル』もそうして作り上げた曲で。スティングが言うには40分間位演奏した録音テープの気に入ったところをつないだ曲。そのつもりで聴くと展開やリズムの流れが無理やりつないであるのが分かる。

OUTLANDES D'AMOUR』は今一評価が低いけれど後々ポリスがスーパーユニットとなる要素が全て入っているアルバムだと思う。


意味のわからないアルバムタイトルは直訳すれば「情熱の外の僻地」もしくは『密通の外の僻地』ともなるけど、やはり意味がわからない。スティング自身は“理解してもらわなくてもいいものをコミュニケイトしている”との事、これもまた意味がわからない。

まあこの後も訳のわかんないタイトル、セカンドアルバムは『REGATTA DE BLANC』“白いレガッタ”(白い戦い?)。サードアルバムは『ZENYATTA MONDATTA』(銭やった問題だった?)このタイトルはスティング自身がインタビューで“日本人なら分かるだろう”発言で当時大いに議論が盛り上がったが、後にスティングが「特に意味は無い」と言っていた筈。でも命名はマイルス・コープランド。ちなみに彼は『ウィッシュボーンアッシュ』のバンド名も命名している。

ではまた。

P.S. この頃はステュアートがまだ発言力が大きかったのか、やたらとドラムの音がでかいんだよね。

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